月夜見 “北天月”

            *こんなでよければDLFです
 

 

 思えば子供の頃から、あんまり暑い寒いを難儀に思わない性分だったと思う。生まれた土地は、1年かかって四季の巡るところであり、季節感という変化に飛んだめりはりがあったが、暑い時期もあり寒い時期もありという環境から、どれにも強いという耐性が、知らず身についてしまったのかもなとぼんやり思う。ただただ強くなりたいと、それしか頭にはなかったし。こんだけ鍛練したんだからと、今日より少しは強かろう“明日の自分”がやって来るのが、何とももどかしいばかりな、やたらに気ばかりが急いていた、そんな子供時代を送っていたから。

  ――― 月、か。

 何げに見上げた晩秋の宵空は、大気が幾分乾いているせいか、夕陽の残照が完全に没すると一際鋭く夜気が冴え返り。こんな時候には少々寒いかも知れぬほど、着慣らしたシャツにありふれたズボンといういつもの軽装でいる彼の、少しばかり緊張を解いた肢体や顔やへと。頭上からの青々とした月光が、ただただ静かに降り落ちて来る。他には明かりとてない暗がりにあっては、そんな自然の灯も目映いほどに煌々としたものと化すらしく。庇の切れ目にいた彼には、思わぬ手燭となってくれたが、
“もうちっと早く照ってくれりゃあ良かったのによ。”
 そうすりゃあ。退屈だのこんなトコに居たくないだの、さんざん愚図られずに済んだのに。その口許へと仄かに浮かんだは、何とも言えない深みのある苦笑が一つ。表情を浮かべていないとその鋭さや威容がわずかに増す、精悍で彫の深い面立ちや、これみよがしなコブの塊などではなく、実用に添わせて肩に背に胸板に隆と張った肉置きの陰影が、音もないまま降りそそぐ月光に浮き上がり、黙っていてもその存在感を主張していて。お陰様で、さほど意識して挑発的に構えずとも、それなりの格の者には見とがめられて、勝負へと持ち込まれる場面も少なくはなく。腰に提げたる三本の和刀は、いずれも名のある銘刀なれど、それにも増して…彼自身のそれは練られた気概と技と。立ち会った瞬間から、対手の繰り出す攻勢のバリエーションを瞬時に割り出し、どう突っ込まれようとも、弾き・釣り込み・叩いて流し、適当に振り回して浮足立たせたところを自在に料理する。どうとでも自分のペースへと運べる、変幻自在の太刀筋を想起出来、それらのイメージを思い通りに連動させられる、絞りに絞った屈強強靭な筋骨・膂力が織り成すは、鬼さえ斬れよう“斬鋼”の剣。勿論のこと、最初からの天性の持ち物ではなく、旅の中にて成長して得たものであり、

  “…昔はチビだったよな、そういえば。”

 なのに利かん気が強くて尊大で、怖いもの知らずで。自分より強そうな者がいると知れば、片端から叩き伏せねば気が済まず。あれは…丁度そんな折。幾つほど年上だったのか、隣村の道場で一番強かった師範の娘に、あっさりとその鼻っ柱を挫かれてからは。どうあっても勝ちたいと、今にして思えば随分と近目な目標に向けて、毎日躍起になっていた。だって、その子に勝てないようでは、到底世界一なんて望めなかったから。ある意味、最も分かりやすい理屈であり目標で、そして…成長への加速というものに最も効果的に作用する対象が、成長期の自分の眼前へ現れてくれたこと。天だか誰だか采配くださった存在へ、感謝すべきかどうかさえ、判らずにいたガキだったから。せっかちなだけの自分の駄々より深刻な、彼女の苦境を聞いた時は。そんな先のことへ怯えてた彼女に較べれば、やっぱり自分はガキなんだと、思い知らされたような気分になったもんだったっけ。そして…もっと広い世界を知るために、広い海へと出た訳だけれど。

  “いちいち こだわってなんかいなかったつもりだったんだがよ。”

 とんでもない騒動の渦中に身を置き、死地に立っても…そういえば。最近は思い出さない自分に気がつく。あの、世界一の剣豪に既に逢ってしまったからだろうか。この手が本当に届くのだろうかと、それを思っては狂おしい夜を過ごすほど、ずんと遠い存在のはずだった“目標”の姿。現実のものとして目の当たりにしたからだろうか。剣を交わしまでしたからだろうか。自分はこんなところで死ぬ訳には行かないのだと、夢半ばで頽れたあいつに約束したのだからと。だから、世界一の座へ辿り着くまでは、石に齧りついてでもまずは生きながらえなきゃ意味がない。それほどに大切なもの、どうあっても叶えたい望みを抱えている自分なんだからと、なりふり構わぬことへの叱咤に必ず思い起こしていた筈なのに。そういえば、この頃はあまり思い出さなくなっていると、ふと気がつく。それどころではないほどの、突拍子もない騒ぎが多すぎるからだろうか。いやいや、覚悟の要る立ち合いだって結構こなして来ている。生き残れば腕も上がろうがそうでなければ間違いなく死ぬるという、危険極まりない極限の死地にだって幾度となく立って来た筈で、それをくぐって来れたからこそ、今ここにこうして居られるのだし。
“………。”
 何となく視線を投げれば、そちらにも月光が落ちているのか。倉庫の狭間のこの位置からでもわずかに覗ける、表の通路沿いの大向こう。埠頭からこの倉庫街まで続く水路のおもてが、時折ちらちらと波立っては光って躍っている。波の音も意識しなければ随分と遠く、身じろぎの音さえ拾えるほどの静謐の中にいる“今”なんて、到底信じられないほどの。自分で自分の身を灼くような、生き地獄のような“過去”にいたのは、そう遠くない話だのにね。

  “………。”

 身のうちに持て余していた怒涛のようなもの。ジレンマだったり焦りだったり、歪みつつある自分への強い嫌悪と…そうならざるを得ない“現実”の手ごわさとの葛藤だったり。そんな日を過ごすうち、顔から眸から、どんどんと人間らしさが削ぎ落ちてゆくのが自分でも判った。誰であれ容赦なく、見境なく屠(ほふ)る凶暴な奴だと謳われて。しまいには“血に飢えた魔獣”などという禍々しき称号までもらい。近寄る者もないままに、徐々に魔物へ、鬼へと近づきつつあった時、

   ――― なあ、お前。俺の仲間にならないか?

 あっけらかんと声をかけて来た奴がいて。聞けば“海賊王”を目指しているのだと、やはり屈託なく言い放つ、とんでもない馬鹿ヤロで。そんな下衆に何でわざわざなりたいんだよ。お前だっていい評判は聞かないぞ? 言いたい奴には言わせとけ。だったら一緒じゃんか…と、その能天気野郎は一歩も引かず。俺はただの海賊じゃなく“海賊王”になる男だから、強い仲間を集めにゃならない。だから、まずはお前に声をかけたのだと。筋が通っているんだかどうなんだか、随分とキテレツな言いようをし、そして自分は無謀にも………。

  「んぅ〜〜〜。」
  「…っと。」

 夜風に後れ毛でもあおられて擽られたか。人の懐ろで暢気にもうたた寝中の、第一印象“悪魔の息子”が、ちょっとばかりむずがるような唸りを上げたので。大きな手でぞんざいに髪を梳いてやったついで、少し冷たい剥き出しの二の腕を、よしよしと擦ってやれば。む〜〜〜とか何とか唸りつつも、再び寝相を落ち着けて熟睡レベルの眠りへと落ちてゆく。魔海“グランドライン”のただ中にいるのが信じられないような、妙に静かな安寧の宵。
『あんたら迷子のエキスパートがウロウロしたら、余計にややこしいことに成りかねないから。』
 上陸した港町にて、現在位置と集合場所(宿だったり愛船だったり)を、いとも容易く見失う剣豪と船長は、迷子になったなと思ったら迎えが行くまで動くなと、いつもいつも言い含められており。だってのに守らなかった前例があまりに多かったもんだから、この寄港地ではとうとう、それが守れなかったならお酒の補充は見送りますと、泣く子も黙る“財務省”からきっちりと言われた…ので、粛々と従ってる方も方なんだけれども。
(笑)
“何であんな女に偉そうにされなきゃなんねぇんだかな。”
 ぶつくさ言いつつ、それでもね。口では敵う筈もないからと、唯々諾々、従っての待ちぼうけ。豪快磊落、野放図にして無神経…に見せといて、実は妙に律義なところがある古いタイプの男だってこと、しっかり見抜かれているのかな?

  「………。」

 懐ろの中には、収まりのいい“人型懐炉”がいるから、尚のこと寒くはなくて。お迎え待ちの時間が退屈で、自分らで何とかして帰ろうよと、さんざ愚図った船長だったが、
『チョッパーの仕事を取ってやるのも忍びなかろうがよ。』
 きっと勇んでやって来る。もうもう、俺がいないとダメなんだから、このヤロが…っ、なんて言うに違いないから、も少し待っててやろうぜと丸め込み。その内 うとうと自分が船を漕ぎだしてしまった彼だったのを、懐ろにそっと抱えてた。意識しなくなった波の音の代わりに、小さく小さく聞こえるのは…麦ワラ船長が生きてる証し、健やかで遠慮のない寝息の音で。

  “…おいよ。”

 気がつけば、背に負っていたものを思い出さなくなっており。苛酷な義務だという意識が余計な緊張感となり、がちがちに固めてた肩の力を…今は安んじて抜けるほど、それだけ器量が広くなったということか。だがだが、その分、その代わり。今度は懐ろに押し込めときたいものが出来たから難儀な話で。

  “…おいよ。お前のこったからな。”

 警戒心ゼロと言わんばかりの、安心し切った寝顔を見下ろし。こ〜んな間の抜けた奴が“海賊王”なんぞになったなら。何か途方もない罰が当たりゃあせんかと、思った端から苦笑する。罰ならちゃ〜んと、毎回当たって傷だらけになっているから。あれでは足りぬというのなら、この自分も背負うから。だから平気だなと笑ったところへ、

  「…お。」

 遠くから聞こえて来たのは小さな蹄の音だったから。手元間近に丁度来ていた柔らかそうな小鼻を摘まみ、さあ起きれと意地悪をする、大人げない剣豪ロロノア=ゾロ。今宵、一つだけ年を重ねたばかりの彼であるのは、お月様とお迎えのトナカイドクターと、それからそれから、船長に足止めを任せて船に居残り宴の準備に勤しんでたクルーたちしか、まだ知らない事実だったりするのである。




   HAPPY BIRTHDAY! ZORO!!





   〜Fine〜


   *うわ〜。何か腕が鈍ってるというか、
    カッコいい剣豪がいないと話にならんのではと思った割に、
    決着したのはいつもの…どっか抜けてる、ウチのこの人でございまして。
    ううう、かくなる上は、
    他のサイトさまのカッコいいゾロを強襲して来るしかないのかなぁ。
(おいおい)


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